明治用水

三河北部の矢作川右岸は、洪積台地上で、河面より10m高いため、古来より水不足に悩まされていた。
江戸時代、都築弥厚(やこう)が 矢作川上流より水を引くべく、用水路造成開始、明治時代 岡本、伊与田に引き継がれた。 1870年完成し、不毛の台地「安城が原」を一大農業地帯に変貌させ、
安城は日本のデンマークと呼ばれるに至った。
標高:頭首工(36m) →広畔水制門(21m)→ 大池(5m)

頭首工

ACESS: Toyota-Oiden-bus No.26 From Tsuchihashi or Mikawatoyota or Toyotashi station.
    get off at Suigen-heiwa

取り入れ後の水路

現在、耐震工事中

頭首工下、上の橋は新東名

広畔(ひろくて)水制門

広畔水制門

三連水車

旧広畔発電所案内板

分水工(1)

西井筋が分かれて、本流は中井筋と東井筋となります

明治用水案内板

分水部分は暗渠化

西井筋(暗渠化)

分水工(2)

名鉄の線路を潜った後、中井筋と東井筋に分かれます

分水部分は暗渠化

分水後の中井筋

分水後の東井筋

明治用水会館と大池

東井筋を行くと、右手に大池があり、そこに明治用水会館があります

その他のPOINT

家下川の上を渡ります(茂みの中)

明治川神社(分水工2そば)

JR三河安城駅前案内板

参考資料

世界かんがい施設遺産 農林水産省HP

ICID (英語版)ICID

豊田市渡刈自治区 明治用水HP 渡刈自治区HP

水のかんきょう学習館 「水を使うものは自ら水を作れ」 水土里NET HP

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